「Mind Sludge」
リリアナの放った冷たい一言。
それがチャンドラの表情を変えた。
「っか……は、ぐぅ……」
そのままチャンドラは、その場に崩れ落ちる。

PWにして最強の紅蓮術師たる彼女にも、弱点がある。
それは、むしろ彼女の弱点というよりは赤そのものの弱点といえる。魔術師の頂点に位置する資質であるPWの灯を持つものは、そうであるがゆえにより色の特性に大きく影響する。
赤は直情、感情そのものを具現化した色といってもいい。そしてそれは、エネルギーそのものの力と言い換えてもいいだろう。
モノが燃えるためには、相応の燃料を必要とする。そして赤は、より燃えるための資源の提供、それを厭わない。
だからこそ、赤は強い。相手を直接、より、「燃やす」ためには、自らであろうとその贄として供する。
その点では、相対している黒のPW、リリアナ・ヴェスに対しても通じるものがあるだろう。資源を問わないというのは、赤黒両方に通じる本質だからだ。
しかしー両者の間には、決して相容れない隔たりが存在する。
「さて、次はどんなことをして遊ぼうかしら」
苦しみ、もがくチャンドラに対しリリアナはかすかに歌うようにそう呟き、そして闇に溶けるように姿を消した。
赤が直情を具現化した色であるならば、黒は快楽、そして欲望を具現した色。そしてそれらは成就するまで、彼らは執着を持ち続ける。だが逆に言えば、それらが成就すれば、それまでの執着は消え去り、黒にとってそれは意味のないものとなる。
次の快楽を求め、新たな欲望の成就を求める。その成就のためには、いかなるものでもその代償として差し出す。それが黒という色の真髄であった。
「あ、ああああああああああっ!」
一人残されたチャンドラは、苦しみにのた打ち回りながら、かけられた呪に抗おうと精神を集中させようとする。
「−−−−−っ!」
だが、いくら体の周りを炎が包もうとも、リリアナの呪を払うことはできない。赤にできるのはできて水を水蒸気に変えることぐらい、精神世界を侵食する闇に対して紅蓮術師はあまりに無力だった。
精神世界では、もっと目を覆うような光景が繰り広げられていた。精神世界の中を荒れ狂い、襲いかかろうとうねる汚泥の群れ。呪文を唱えようと、チャンドラが指をかざす。
「嘘…このおっ!《lightning…》」
だが光が発せられることはなく、その指が半ば根元から崩れ落ち、真っ黒な汚泥の一部となって足元にぼとり、と落ちる。すでに精神世界の大半は汚泥の黒に覆われ、チャンドラの肢体の半分はずぶずぶと汚泥の中に沈み込んでいく。
そして、胸、首、顔……もがけばもがくほど、急速にチャンドラは汚泥の中に飲み込まれていく。
そして、最後には残った左腕すらも……
「成程…精神攻撃か。あの魔女がやりそうなことだ」
ふと、その手が捕まれた。手袋をはめ、長い袖の服を着た、細身の腕。
「しつこい奴らだ」
なおもチャンドラを取り込もうと蠢くヘドロを一瞥すると、男はもう片方の手で印を結んだ。
「《cance……》いや、ここはこれのほうがいいだろう。わざわざやつらの流儀に付き合ってやることもない」
そう自嘲気味に呟くと、男は強い声で宣言した。
「悪しき夢よ……去れ。《memory laspe》」
次の瞬間、精神世界を一筋の光が薙ぎ払った。

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